東京地方裁判所 平成6年(行ウ)272号 判決 1997年5月27日
東京都日野市大字日野六七〇番地八
原告
篠崎文雄
原告訴訟代理人弁護士
桑原育朗
東京都日野市大字万願寺二二九番地
被告
日野税務署長 米山眞夫
被告訴訟代理人弁護士
高田敏明
被告指定代理人
植垣勝裕
同
吉越満男
同
北川脩司
同
神谷信茂
同
笹崎好一郎
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 被告が原告の昭和六三年分所得税について平成四年三月五日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額三八八万四五七一円、納付すべき税額二九万八〇〇〇円、過少申告加算税二万九〇〇〇円を超える部分を取り消す。
二 被告が原告の平成元年分所得税について平成四年三月五日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額八二九万八七〇一円、納付すべき税額一三〇万五九〇〇円、過少申告加算税、七万円を超える部分を取り消す。
三 被告が原告の平成二年分所得税について平成四年三月五日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額八三一万三九八一円、納付すべき税額一二七万一一〇〇円、過少申告加算税一五万三五〇〇円を超える部分を取り消す。
第二事案の概要等
一 事案の概要
本件は、鉄骨工事業を営む白色申告者である原告が、昭和六三年分から平成二年分まで(以下「本件係争年分」という。)の所得税について確定申告をしたところ、被告が、原告の事業所得について、取引先等に対する反面調査をしてその収入金額を把握し、同業者の収入金額に対する所得金額の比率を用いてその所得金額を推計したとして、更正及び過少申告加算税賦課決定を行ったことから、被告の右推計課税には必要性も合理性もなく、被告が推計により算出した事業所得の金額は原告の実際の所得金額を上回っているとしてその実額を主張し、請求の趣旨の限度で右各更正及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求めている事案である。
二 本件課税処分の経緯等
原告の本件係争年分の各所得税の確定申告、課税処分及び不服申立ての経緯は、別表一の1ないし3のとおりであり(以下、各年分の更正及び過少申告加算税賦課決定のそれぞれを総称して「本件各更正」及び「本件各賦課決定」といい、これをまとめて「本件課税処分」という。)、この事実は当事者間に争いがない。
なお、本件課税処分は八王子税務署長が行ったものであるが、平成六年七月一日、大蔵省組織規程の一部改正(平成六年大蔵省令第七〇号、同月一〇日施行)により、八王子税務署が八王子税務署と日野税務署が分割され、原告の所得税の納税地を管轄する税務署が日野税務署となったことから、本件課税処分に関する事務を被告が承継したものであって、この事実は当裁判所に顕著な事実である(右承継前の事務については、八王子税務署長をもって、以下「被告」という。)。
三 本件課税処分の課税根拠についての被告の主張
1 本件係争年分の所得金額及びその算出根拠
本件係争年分の原告の所得の内訳及び金額は、別表二の1ないし3の各被告欄記載のとおりであり、その算出根拠は、以下のとおりである。
(一) 昭和六三年分について
(1) 事業所得の金額 九六二万二一四六円
原告の鉄骨工事業には事業専従者がいないことから、原告の事業所得の金額は、次の<1>の総収入金額に<2>の比準同業者の平均特前所得率を乗じて算出した右金額となる。
<1> 総収入金額 五五三六万三三二七円
右金額は、原告の営む鉄骨工事業に係る昭和六三年分の収入金額の合計金額であり、その内訳は、別表三の1及び2の各昭和六三年分欄記載のとおりであり、別表三の1の三浦清司及び徳永憲史に係る金額を除いて当事者間に争いがない。なお、原告は、三浦清司分に一三〇〇円、徳永憲史分に五万円の計上漏れがあると主張する。
<2> 比準同業者の平均特前所得率 一七・三八パーセント
右率は、東京都のうち東京二三区を除く三多摩地区内(青梅、八王子、日野、町田、立川、東村山、武蔵野及び武蔵府中の各税務署管内、以下「三多摩地区内」という。)において、鉄骨工事業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、原告と事業規模が類似する者(以下「比準同業者」という。)二三名の昭和六三年分の事業所得に係る総収入金額に対する青色申告特定控除前の所得金額(総収入金額から売上原価及び経費の額を控除して算定した所得金額、以下「特前所得金額」という。)の割合(以下「特前所得率」という。)の平均値(ただし、小数点第五位以下四捨五入、以下同じ。)であり、その算出過程は別表四の1のとおりである。
(2) 不動産所得の金額 一五九万九五五八円
右金額は、東京都日野市大字日野六七〇番地八所在の工場(以下「本件工場」という。)を株式会社アールビーエム(以下「訴外会社」という。)に賃貸したことによる賃貸料三〇〇万円から必要経費(租税公課及び減価償却費)合計一四〇万〇四四二円を控除した金額であり、当事者間に争いがない。
(3) 総所得金額 一一二二万一七〇四円
右金額は、右(1)の事業所得の金額及び(2)の不動産所得の金額の合計額である。
(4) 所得控除の合計額 九〇万四五〇〇円
右金額は、生命保険料控除の額五万円、社会保険料控除の額一九万四五〇〇円、扶養控除の額三三万円及び基礎控除の額三三万円を合計した金額であり、当事者間に争いがない。
(5) 課税総所得金額 一〇三一万七〇〇〇円
右金額は、右(3)の総所得金額から(4)の所得控除の合計を差し引いた金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項により、千円未満の端数を切り捨てた金額、以下同じ。)である。
(二) 平成元年分について
(1) 事業所得の金額 一五七三万四九八五円
原告の鉄骨工事業には、事業専従者がないことから、原告の事業所得金額は、次の<1>の総収入金額に<2>の比準同業者の平均特前所得率を乗じて算出した右金額となる。
<1> 総収入金額 九三一六万一五四四円
右金額は、原告の営む鉄骨工事業に係る平成元年分の収入金額の合計金額であり、その内訳は、別表三の1及び2の各平成元年分欄記載のとおりであり、別表三の1の三浦清司に係る金額を除いて当事者間に争いがない。なお、原告は、三浦清司分のうち五万円が過大計上であり、また、右欄に記載されていない売上げとして稲栄産業株式会社に係る二万〇二四〇円の売上げがあると主張する。
<2> 比準同業者の平均特前所得率 一六・八九パーセント
右率は、別表四の2のとおり、平成元年分の比準同業者一四名の事業所得に係る特前所得率の平均値である。
(2) 不動産所得の金額 一二九万七二三五円
右金額は、本件工場を訴外会社に賃貸したことによる賃貸料三〇〇万円から必要経費(租税公課、訴訟費用及び減価償却費)合計一七〇万二七六五円を控除した金額であり、当事者間に争いがない。
(3) 総所得金額 一七〇三万二二二〇円
右金額は、右(1)の事業所得の金額及び(2)の不動産所得金額の合計金額である。
(4) 所得控除の合計額 九四万五七〇〇円
右金額は、生命保険料控除の額五万円、社会保険料控除の額一九万五七〇〇円、扶養控除の額三五万円及び基礎控除の額三五万円を合計した金額であり、当事者間に争いがない。
(5) 課税総所得金額 一六〇八万六〇〇〇円
右金額は、右(3)の総所得金額から(4)の所得控除の合計額を差し引いた金額である
(三) 平成二年分について
(1) 事業所得の金額 一八六六万三一九九円
原告の鉄骨工事業には事業専従者がいないことから、原告の事業所得金額は、次の<1>の総収入金額に<2>の比準同業者の平均特前所得率を乗じて算出した右金額となる。
<1> 総収入金額 一億二〇四八万五四六五円
右金額は、原告の営む鉄骨工事業に係る平成二年分の収入金額の合計金額であり、その内訳は、別表三の1及び2の各平成二年分欄記載のとおりであり、別表三の1の生沼洋子及び徳永美代子、裕俊に係る金額を除いて当事者間に争いがない。なお、原告は、生沼洋子分のうち九〇〇円及び徳永美代子、裕俊分のうち四一三万円が過大計上であると主張する。
<2> 比準同業者の平均特前所得率 一五・四九パーセント
右率は、別表四の3のとおり、比準同業者一四名の平成二年分の事業所得に係る特前所得率の平均値である
(2) 不動産所得の金額 八九万六六四四円
右金額は、本件工場を訴外会社に賃貸したことによる賃貸料三〇〇万円から必要経費(租税公課、訴訟費用及び減価償却費)の合計二一〇万三三五六円を控除した金額であり、当事者間に争いがない。
(3) 総所得金額 一九五五万九八四三円
右金額は、右(1)の事業所得の金額及び(2)の不動産所得の金額の合計金額である。
(4) 所得控除の合計額 一〇七万六二〇〇円
右金額は、生命保険料控除の額五万円、損害保険料控除の額一万五〇〇〇円、社会保険料控除の額三一万一二〇〇円、扶養控除の額三五万円及び基礎控除の額三五万円を合計した金額であり、当事者間に争いがない。
(5) 課税総所得金額 八四八万三〇〇〇円
右金額は、右(3)の総所得金額から(4)の所得控除の合計額を控除した金額である。
2 本件各更正の適法性
原告の本件係争年分の課税総所得金額は、前記のとおり、昭和六三年分が一〇三一万七〇〇〇円、平成元年分が一六〇八万六〇〇〇円、平成二年分が一八四八万三〇〇〇円と算定されるところ、本件各更正に係る原告の課税総所得金額は、別表一の1ないし3の各「更正・賦課決定」欄記載のとおり、昭和六三年分が九四八万五〇〇〇円、平成元年分が九三九万八〇〇〇円、平成二年分が一三八七万六〇〇〇円であって、いずれの年分も右算定金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。
3 本件各賦課決定の適法性
被告は、本件各更正によって原告が納付すべき所得税額(通則法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額)を基礎として、同法六五条一項及び二項の規定に基づき、次のとおり計算した過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件過少申告加算税は適法である。
(一) 昭和六三年分について 二六万六〇〇〇円
右金額は、各年分の所得税の更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一九四万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一九万四〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一九四万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額一四四万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額七万二〇〇〇円との合計額である。
(二) 平成元年分について 二六万一五〇〇円
右金額は、右年分の所得税の更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一九一万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一九万一〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一九一万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額一四一万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額七万〇五〇〇円との合計額である。
(三) 平成二年分について 五一万〇五〇〇円
右金額は、右年分の所得税の更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額三五七万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額三五万七〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右三五七万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額三〇七万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額一五万三五〇〇円との合計額である。
四 争点
本件の争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。
1 推計の必要性
(一) 被告の主張
被告は、昭和六二年分から平成元年分までの原告の確定申告書を検討したところ、各年分とも事業所得の金額が低調と認められたこと、昭和六三年分及び平成元年分については、収支内訳書の添付がなく、右所得金額を計算するための収支内容が不明であったことなどから、原告の申告所得金額が適正であるか否かについて確認する必要があると判断し、当初は被告所部係官である堀内隆雄大蔵事務官(以下「堀内係官」という。)に対し、同係官の異動後は山来達生大蔵事務官(以下「山来係官」という。)に対し、それぞれ原告の所得税の調査を命じた。両係官は、原告に対し、再三にわたり調査についての協力を要請し、帳簿等の提示を求めたにもかかわらず、原告は一貫して、申告の基となった帳簿等を提示することを拒否し、帳簿等によって自己の所得金額の計算根拠を明らかにしようとはしなかった。右のような状況の下では、原告の収入や経費の具体的な数値をすべて把握し、実額によって本件係争年分の事業所得の金額を算出することが到底不可能であったため、やむを得ず原告の取引先等に対する調査によって把握した収入金額を基礎として原告の事業所得の金額を推計したものであり、推計の必要性が存したことは明らかである。
(二) 原告の主張
原告は、堀内係官に対して、申告のどこがおかしいのか具体的に説明してくれれば、調査に協力して帳簿を提示する旨を当初から伝えていたところ、同係官から、税務署の方で独自に調査をしてその調査結果及び資料を示すので、原告の帳簿等を提示してもらいたい旨の申出があり、それを承諾したのであって、帳簿の提示を拒否していたわけではなく、右合意に従った提示をしようとしていたのである。そして、原告は、山来係官から調査結果を聞いて、帳簿を提示することにしたが、右調査結果に納得できなかったことから、税理士を依頼した上、依頼した税理士を通じて帳簿を提示する旨を同係官に伝え、原告からの依頼を受けた福田税理士も、まず自ら帳簿等を精査した後に提示する旨を山来係官に伝えていたのであって、提示を拒否していない。
また、調査担当者としては、税務調査のために来訪したこと、納税者には帳簿提示などの協力義務が課せられていること、これに応じなければ推計課税の対象となることなど、税務調査に協力を求める上で最低限の説明をして、納税者の協力を求めるべきであり、本件においても、そのような説明がされていれば、原告としても速やかに帳簿を提示していたのである。堀内係官はそのような説明を一切していないのであるから、原告が当初の段階で速やかに帳簿を提示しなかったとしても、提示を拒否したとみなすことは許されない。さらに、山来係官は、調査結果の連絡をした際に、原告に対して修正申告を勧めなかった。もし、修正申告を勧められていれば、原告は、自分の置かれている立場を理解し、直ちに相談していた東京土建組合や税理士に連絡して速やかに帳簿を提示するなど適切な対応をとっていたはずであり、その点においても説明が不十分である。
2 推計の合理性
(一) 被告の主張
(1) 本件各更正における推計の方法は、前記のとおり、原告の事業所得に係る総収入金額を実績で把握し、これに比準同業者の平均特前所得率を乗じて原告の事業所得金額を算出したものである。
(2) 右算出の基礎とした比準同業者の抽出方法は次のとおりである。
三多摩地区内において、原告と同様に鉄骨工事業を営む個人事業者のうち、本件係争年分ごとに、次の<1>ないし<6>の基準(以下「本件抽出基準」という。)のすべてに該当する者を比準同業者として別表四の1ないし3のとおり抽出した。
<1> 三多摩地区内で鉄骨工事業を営む個人事業者
<2> 青色申告の承認を受けている者
<3> 総収入金額が次の範囲にある者
ア 昭和六三年分については、二七六八万一六六四円以上一億一〇七二万六六五四円以下の者
イ 平成元年分については、四六五八万〇七七二円以上一億八六三二万三〇八八円以下の者
ウ 平成二年分については、六〇二四万二七三三円以上二億四〇九七万〇九三〇円以下の者
<4> 外注費の支出のある者
<5> 年を通じて鉄骨工事業を営んでいる者
<6> 次のいずれにも該当しない者
ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者
イ 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過していない者及び当該処分に対して不服申立て又は訴訟中である者
(3) 被告は、本件係争年分ごとに右抽出基準のとおり、鉄骨工事業を営む青色申告によっている個人事業者で、総収入金額が原告のそれの二分の一ないし二倍の範囲内(いわゆる倍半基準)にある事業者を抽出し、その中から、さらに、外注費の支払のあるという基準を満たす者を漏れなく抽出したから、右抽出に恣意が介在する余地はなく、かつ、抽出された比準同業者は原告と業種及びその事業規模が類似している青色申告者であるから、右のような推計方法には合理性があり、これにより算定された所得金額は、原告の実際の所得金額に近似した数値であるということができる。
(二) 原告の主張
被告は、比準同業者の従業員数、取引先、取引内容、設備の新旧の程度などを明らかにしておらず、原告と比準同業者との間で収支構造に共通性があるかどうかは確認しようがないし、また、一定数の業者を平均することによってそれぞれの業者が有する特殊性が相殺されると考える余地があるとしても、本件における程度の比準同業者の数では、特殊性が相殺されると考えることはできない。
また、原告は、受注した工事のうち自分で処理しきれないものについては、第三者に依頼して処理しており、その部分には原告の利益は生じないから、比準同業者と比べると原告の事業の利益率は低く、被告の主張する平均特前所得率を原告に適用することに合理性はない。
3 原告の本件係争年分の実額による事業所得金額等
(一) 原告の主張
本件係争年分の原告の所得の内訳及び金額は、別表二の1ないし3の各原告欄記載のとおりであり、そのうち事業所得の金額の算出根拠は、以下のとおりである。
(1) 総収入金額
総収入金額(売上金額)は、昭和六三年分が五五四一万四六二七円、平成元年分が九三一三万一七八四円、平成二年分が一億一六三五万四五六五円である。右金額は、被告主張の金額と比較すると、昭和六三年分が五万一三〇〇円増、平成元年分が二万九七六〇円減、平成二年分が四一三万〇九〇〇円減となるが、その差異は、昭和六三年分については、三浦清司分一三〇〇円、徳永憲史分五万円、合計五万一三〇〇円の計上漏れ、平成元年分については、三浦清司分五万円の過大計上がある反面、稲栄産業株式会社に対する二万〇二四〇円の計上漏れがあるからであり、平成二年分については、生沼洋子分九〇〇円、徳永美代子、裕俊分四一三万円、合計四一三万〇九〇〇円の過大計上によるものである。
(2) 必要経費
必要経費の合計額は、昭和六三年分が五三一二万九六一四円、平成元年分が八六一三万〇三一八円、平成二年分が一億〇八九三万七二二八円であり、その内訳は別表五のとおりである。また、必要経費のうちの売上原価の内訳は、別表六の1ないし3のとおりである。なお、必要経費のうちの使用人給料は、原告と生計を別にしていた次男篠崎祐司に対する支払である。
(3) 事業所得金額及び課税総所得金額等
以上から、事業所得金額は、昭和六三年分が二二八万五〇一三円、平成元年分が七〇〇万一四六六円、平成二年分が七四一万七三三七円となる。そして、別表二の1ないし3の各原告欄記載のとおり、右事業所得の金額に不動産所得の金額を加えて総所得金額を算出し、それから所得控除の合計額を差し引いて課税総所得金額を算出した。右課税総所得金額を前提にして、納付すべき税額及び過少申告加算税を計算すると、請求の趣旨記載の金額になる。
(二) 被告の主張
(1) 申告納税制度の下における納税者が申告義務を負うとともに、申告を確認するための税務調査に対して直接資料を提示して申告の内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うこと、納税者はもともと事業の当事者であり、証拠の提出につき課税庁より有利な立場にあることからすれば、課税庁に推計課税を余儀なくさせた納税者が、推計額と異なる真実の所得金額を主張して推計課税を違法とするためには、単に実額につきその存在を推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるものではなく、その主張する実額と真実の所得金額が合致することを合理的な疑いをいれない程度に立証する必要があるというべきである。すなわち、実額主張をする原告においては、<1> その主張する売上金額が当該係争年分のすべての取引から生じた総収入金額であること、<2> その主張する経費の実額が実際に支出されたことのほか、<3> その主張する経費について、所得税法の分類に従い、直接費用については、その主張する実額が当該係争年分の総収入に直接的個別的に対応するものであることを、間接費用については、その主張する実額が当該係争年分の総収入に期間的に対応するものであることをそれぞれ合理的な疑いをいれない程度に立証しなければならない。
(2) 右の観点から原告の実額反証を検討すると、その立証は、以下のとおり、合理的な疑いをいれない程度まで立証したということは到底できない。
まず、原告は、本件訴訟において、請求書控え、領収書、領収書控え、預金口座の取引照会書及び通帳、小切手帳控え、原告作成のノート及び所得計算書等の原始記録等を提出しているが、右原始記録の全部が当時から保存されていたものかどうか疑問があるだけでなく、右原始記録等を検証するために必要な事業所得に係る会計帳簿(総勘定元帳、売上帳、経費帳、現金出納帳等)を一切書証として提出しておらず、原告作成のノート及び所得計算書を右会計帳簿とみることもできない。
次に、総収入金額を裏付ける書証として提出された領収書控え及び請求書控え等は、原告の所持しているすべてではないから、そのような立証では総収入金額を合理的な疑いをいれない程度まで立証しているとはいえないし、原告が書証として提出していない請求書控えや預金口座の入金状況からすると、原告には本訴で主張している総収入金額に計上していない工事代金の収入があることが窺える。また、自動販売機による缶飲料の売上げは総収入金額に計上されていない。
さらに、原告が売上原価(外注費を含む。)に関する書証として提出した領収書等は、取引先から再発行された領収書や取引先の元帳の写しであって、そのような書証によって原告の主張する経費の実額が実際に支出されたすべての必要経費であること及びそれが総収入金額と対応するものであることが認められないことは明らかである。また、本件係争年分の経費の立証のために提出された領収書等の中には、平成四年四月に設立された有限会社篠崎鉄工所名義のもの、領収書用紙の製造、販売が開始されるよりも前の発行日付けを記載したもの等があることからすると、それらが真正に作成されたものかどうか疑問があるし、交通費、交際費及びその他経費に関する書証として提出した原告作成のノートについては、記帳の正確性が欠けている。
第三当裁判所の判断
一 推計の必要性について
1 証拠(証人山来達生の証言、原告本人尋問の結果、甲五〇号証ないし五五号証の各一及び二、乙一二号証、一三号証)並びに弁論の全趣旨によれば、原告に対する税務調査の経緯について、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、東京都日野市大字日野六七〇番地八所在の工場兼居宅(以下「原告宅」という。)に居住し、鉄鋼工事業を営んでいた個人事業者であり、昭和六二年分ないし平成元年分の所得税について、白色の確定申告書を用いて確定申告をした。原告は、昭和六三年分及び平成元年分の確定申告をする際、収支内訳書を予め作成していたものの、これを添付しないで確定申告書のみを提出した。右確定申告書によれば、昭和六三年分の申告金額は、事業所得に係る収入金額が五七七八万四〇〇〇円、必要経費が五六七八万四〇五一円で、事業所得の金額が九三万九七四九円であり、平成元年分の申告金額は、事業所得に係る収入金額が四三八三万四二五〇円、必要経費が四二八四万七二八三円で、事業所得の金額が一一七万二九六七円であった。
被告は、昭和六二年分ないし平成元年分の事業所得の金額がいずれも低調であったこと、昭和六三年分及び平成元年分の各確定申告書には収支内訳書の添付がなく、所得金額を計算するための収入及び必要経費の内訳が不明であったことなどから、原告の申告所得金額が適正であるか否かについて確認する必要があると判断して、平成二年九月ころ、関谷卓司統括国税調査官を介して堀内係官に対し、原告の昭和六二年分ないし平成元年分の所得税の調査を命じた。
(二) 堀内係官は、平成二年九月二六日、調査日時の打合せのために原告宅に電話をかけたが、原告が不在であったので、電話に出た者に対し、同年一〇月一日午前一〇時に所得税の調査のために原告宅を訪問する旨を原告に伝言するよう依頼した。
同係官は、同年九月二九日、原告から、同年一〇月一九日まで工事の予定が入っているので対応できないこと及び同月一五日ころに電話をするのでしばらく待って欲しい旨の電話連絡を受け、その申出を了承した。ところが、右一五日を過ぎても連絡がなかったため、同月二三日、原告宅に電話をかけたところ、原告が不在であったので、電話に出た者に対し、同月二六日午前一〇時に所得税の調査のために原告宅を訪問する旨を原告に伝言するよう依頼した。
(三) 堀内係官は、平成二年一〇月二六日午前九時五〇分ころ、原告宅に臨場し、原告に対し、身分証明書及び質問検査章を提示した上、昭和六二年分から平成元年分までの所得税の調査に来訪した旨を告げ、申告書のみでは内容が分からず、帳簿等は原告自身の事業に関するものであるから、所得金額の確認をするために右各年分の申告の基となった帳簿書類等を提示するよう要請した。これに対し原告は、「正直に申告しているのであるから見せられない。」などと言って、右要請に応じなかった。同係官は、原告に対し、納税者には税務職員の質問検査に応ずる義務があることを説明し、帳簿書類等の提示を求め、調査に協力するよう再三要請したが、原告は、これに応じようとせず、申告については土建組合に相談しているので、自分の考えだけでは見せられない、土建組合と相談してみるなどと述べて、その場において帳簿書類等を提示しようとしなかった。
そこで、同係官は、当日の調査を続行しても進展する見込はないと判断し、原告に対し、税務署独自の調査を進めざるを得ないこと及び帳簿書類等を提示し調査に応ずる気持ちになったら連絡して欲しい旨を告げて、同日午前一〇時四〇分ころ原告宅を辞去した。
なお、原告は、同係官が質問検査に応ずる義務がある旨を告げなかったと供述するが、帳簿等の提示を求めるには、その提示要請に応ずる義務があるとして説得することが一つの有効かつ定型的な方法ということができるから、同係官が右義務を告げなかったとは考え難く、原告の右供述は、同係官の説得が法的義務を強調することよりも任意の協力を重視するものであったことを推認させるが、乙一三号証に照らして、前記認定を覆すには足りない。
(四) その後、堀内係官は、原告の取引先等に対する調査を進める一方、原告からの連絡を待っていたが、何の連絡もないので、平成二年一二月、原告に電話をかけて、再度、申告の基となった帳簿書類等を提示し調査に協力するよう要請した。これに対し原告は、土建組合に相談したところ見せる必要はないと言われたし、自分も提示する意思はないと答えて、帳簿書類等の提示を拒否する態度を明確にした。
なお、原告は、右の電話がなかったと供述するが、本件に関して堀内係官から数回の電話があったことを認めているところ、その時期については、仕事の合間に電話に対応していた原告の記憶よりも、職務として調査を行っていた同係官作成の乙一三号証の信用力が優るというべきである。
(五) 堀内係官は、平成三年二月一三日午後一時ころ、原告宅に再度臨場し、原告に対して、帳簿書類等を提示し調査に協力するよう要請したが、原告はこれに応じようとしなかった。そこで、同係官は、独自に調査した結果を文書で通知することもあり得る旨を原告に伝え、原告宅を辞去した。
(六) 原告は、平成三年三月一三日、平成二年分の確定申告をしたが、昭和六四年及び平成元年と同様、収支内訳書を予め作成していたものの、これを添付しないで確定申告書のみを提出した。右申告書には、事業所得に係る収入金額及び必要経費の記載はなく、事業所得の金額が一八六万九三九五円であることのみが記載されていた。
(七) 平成三年七月の人事異動により堀内係官が異動したことから、水野武司統括国税調査官は、同年九月中旬、山来係官に本件調査を引き継がせた。その際、右水野調査官は、山来係官に対し、本件調査は前年度に着手したものの終了しなかった事案であることを説明し、調査対象年分を本件係争年分として調査を続行するように命じた。
(八) 山来係官は、平成三年一〇月九日午後二時五〇分ころ、原告宅に臨場し、原告に対し、身分証明書及び質問検査章を提示し、堀内係官が異動したことに伴い本件調査を引き継いだこと及び調査対象年分が本件係争年分になったことを伝え、本件係争年分の申告の基となった帳簿書類等を提示し調査に協力するよう改めて要請した。これに対し原告は、前係官との間で、税務署で行う調査を見てから必要な帳簿等を提示する旨の約束ができている、土建組合に相談したけれども、見せる必要はないと言われているし、自分自身も見せるつもりはないと答えた。同係官は、事業概況の聞き取りをしながら、前任者が原告のいうような約束をするはずがない旨を説明して帳簿書類等を提示するように重ねて要請したが、原告がそれに応じようとしなかったことから、原告に対し、引き続き独自に調査を進める旨を伝えるとともに、名刺を手渡した上、帳簿等を提示し調査に応ずる気持ちになったときには、連絡してくれるよう依頼して、同日午後三時一〇分ころ原告方を辞去した。
(九) 山来係官は、平成三年一二月二六日、原告に電話をして、帳簿書類等を提示し調査に応ずるよう説得したが、これに対し原告は、これまでの考えが変わっていないことを告げるとともに、その考えは変わらないだろうが検討はしてみる旨を告げた。
(十) 山来係官は、平成四年一月二七日、原告に電話をして、税務署独自の調査による本件係争年分の事業所得の金額及び不動産所得の金額を伝えるとともに、その調査額で修正申告するつもりであるかどうか、また、納得できないのであれば帳簿書類等を提示するのかどうかを聞いたところ、原告は、右調査をした所得金額に納得せず、帳簿書類等を提示し調査に応ずることを承諾したので、調査日時を同年二月五日午前一〇時とし、原告宅に臨場することを約束した。
(十一) 平成四年一月三一日、原告から、右約束した調査日時は土建組合で頼んでいる税理士の都合が悪いので、調査日時を延期してもらいたい旨の電話連絡があり、山来係官は、それを了承するとともに、同年二月一七日から確定申告が始まるので、それまでに調査ができるように日を決めて連絡してくれるよう依頼したところ、原告もこれを了承した。しかしながら、その後原告からの何の連絡もなかったので、同係官は、同年二月一〇日、原告に電話して、調査日を決めるよう伝えたところ、原告は、土建組合で頼んでいる税理士の都合がなかなかつかない旨を言っていたが、同係官が同月一四日までに調査日を決めるよう伝えると、原告もこれを了承した。
(十二) 平成四年二月一三日午前と午後の二回にわたり、福田税理士から山来係官に対し、原告に対する税務調査についての問い合わせの電話があった。同係官は、午後の電話において、本件係争各年分の事業所得の金額は、売上金額を基にして推計したものであると説明するとともに、調査した事業所得の金額及び不動産所得の金額を説明した。これに対し、福田税理士は、原告と会った上で調査に関与するかどうかを決める旨及び調査日については後日連絡する旨を伝えた。
(十三) 山来係官は、福田税理士からの連絡を待っていたが、同税理士からも原告からも連絡がなかったため、平成四年二月一九日、原告に電話をかけ、帳簿書類等を提示して調査に応ずるよう要請したところ、原告は、福田税理士を同行した上、申告の基となった書類を持参しようと考えているが、同税理士と連絡がとれない旨を答えたので、同係官は、同月二五日までに申告の基となった帳簿書類等の提示がない場合には、税務署の調査額で更正決定を行う旨を告げたが、その後原告及び福田税理士から何の連絡もなかった。
2 右認定事実によれば、堀内係官が平成二年一〇月二六日及び平成三年二月一三日の二回、山来係官が同年一〇月九日の一回それぞれ原告宅に臨場して、原告に対し、本件係争年分の帳簿書類等を提示するよう要請しただけでなく、同年一二月二六日までの間、電話連絡によって右要請を継続したものの、原告はその要請を拒絶し続けていたものであり、また、原告は、平成四年一月二七日に山来係官から調査を知らされると、帳簿書類等を提示する意向を示したものの、提示を引き延ばし、結局、最終期限とされた同年二月二五日までに帳簿書類等の提示をしなかったのである。そうすると、被告が、原告の所得金額について、原告に対する質問調査等によりこれを把握することができないと判断して独自の調査を行い、その結果を基に推計の方法によって右金額を算出したことはやむを得なかったものと認めることができるから、本件において、推計の必要性をあったものというべきである。
3 これに対し、原告は、堀内係官に対し、当初から申告のどこがおかしいのか具体的に説明してくれれば帳簿等を提示する旨を伝えていたから、提示を拒否していたわけではないと主張し、原告本人尋問においてもそれに沿う供述をする。しかしながら、右認定のとおり、原告の本件係争年分の確定申告書にはいずれも収支内訳書が添付されていなかったのであるから、被告において調査開始の時点で具体的な問題点を指摘することは困難であって、そのことは原告も当然認識していたものと考えられるから、仮に原告がそのような趣旨を述べたとすれば、その意味するところは提示の拒否にほかならないというべきであって、それをもって提示を拒否していないということはできない。また、原告は、堀内係官から、税務署独自の調査をしてその結果及び資料を示すので、帳簿書類等を提示して欲しい旨の申出があったと主張し、原告本人尋問においてもそれに沿う供述をする。しかしながら、税務調査の方法は、まず納税者の帳簿書類等を調査した後に取引先等の調査をするのが通常であって、税務署職員が取引先等の調査を先行させて、その結果が出るまでは帳簿書類等の提示を猶予するということは、調査の方法としても合理性を欠くものであって、調査担当係官がこのような申出をしたとは到底考え難く、前記証拠によれば、堀内係官の発言には、原告の協力がないときは税務署独自の調査を行う趣旨に加えてなお帳簿等の提示を求める趣旨とか含まれていたことが認められるものの、それ以上に、調査結果の開示を帳簿等の提示の条件とする旨の約束があったとの右供述部分を採用することはできない。
また、原告が右約束をしたと誤信したものとしても、山来係官は、その点を明確に否定し、その後、原告は税理士とも相談しているのであって、右誤信に固執したことをもって、帳簿等の提示を拒む正当な理由ということはできない。
次に、原告は、堀内係官及び山来係官は税務調査に協力を求める上で必要な説明を十分にしなかったし、山来係官は修正申告を勧めなかったと主張し、原告本人尋問においてもそれに沿う供述をする。しかしながら、所得税法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、開示の程度、事前通知の有無等の実施の細目については、法律上特段の定めがなく、これらは質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられているものというべきであって、本件調査の過程において、本件係争年分の税務調査であること、納税者には質問検査に応ずる義務があること、提示がなければ税務署で独自の調査をすることになること等を原告に伝えていることは、前記認定のとおりであり、そのような説明がされている以上、原告がその説明に必ずしも納得していなかったからといって、本件調査が違法になるということはできないし、更正の前提として修正申告を勧めることが要件とされていわけではないから、修正申告を勧めたか否かによって、本件更正の適否が左右されるものでもない。
二 推計の合理性について
1 被告は、本件において推計の基礎とした総収入金額について、取引先等に対する反面調査によって把握した実額である旨主張するので、まず、その点について検討する。
(一) 昭和六三年分の事業所得に係る総収入金額について、被告の主張する別表三の1及び2の昭和六三年分欄に記載の各金額に関しては当事者間に争いがないものの、原告は、被告主張の金額には捕捉漏れがあり、総収入金額の実額は被告主張の五五三六万三三二七円に捕捉漏れ合計五万一三〇〇円(甲三五号証の一、同号証の一八の二)を加算した金額であると主張する。ところで、課税庁が納税者の協力なしにその収入金額を網羅的に把握することは困難であることからすれば、被告の主張する収入金額は少なくともその金額を下回ることはないという趣旨のものであると解されるし、また、収入金額の増加が所得金額の減少の契機となることは通常考えられないから、所得金額を推計するための基礎資料としては、その営業実態を適切に反映し、比準同業者の抽出基準として事業規模の類似性を確保し得る程度の収入金額が捕捉されていれば、その捕捉した収入金額を推計の基礎とすることが推計の合理性を損うものではないというべきである。そして、原告が捕捉漏れを指摘する金額は、被告が捕捉した総収入金額の〇・一パーセントにも満たないものであるから、被告がその主張金額を推計の基礎としたことに不合理な点はないものというべきである。
(二) 平成元年分の事業所得に係る総収入金額について、被告の主張する別表三の1及び2の平成元年分欄に記載の各金額のうち、三浦清司に係る二三〇万七〇〇〇円について、原告は、五万円分が過大計上であると主張し、書証として領収証控え三通(甲三五号証の一九、二〇、二五)を提出している。確かに、右領収書控え三通に記載されている請求金額の合計は二三〇万七〇〇〇円であるが、領収金額の合計は二二五万七〇〇〇円である。しかしながら、東京国税局長が行った照会に対する三浦清司の回答(乙九号証)によれば、同人は請求金額の全額に当たる金額を現金で支払った旨を回答しているし、領収証控え(甲三五号証の二五)の摘要欄には五万円を領収しなかった理由等の記載は一切ないことからすると、同人は原告の請求金額の全額を支払ったと認めるのが相当である。そして、別表三の1及び2の平成元年分欄に記載のその余の各金額については当事者間に争いがなく、また、原告が主張する二万〇二四〇円の捕捉漏れ(甲二号証の七六)も右(一)と同様に推計の合理性を損なうものではないというべきである。
(三) 平成二年分の事業所得に係る総収入金額について、原告は、被告の主張する別表三の1及び2の平成二年分欄に記載の各金額のうち、生沼洋子分八二二万六九〇〇円のうち九〇〇円、徳永美代子、裕俊分二〇一三万円のうち四一三万円が過大計上であると主張する。まず、生沼洋子分については、原告は請求金額よりも九〇〇円少なく領収した旨の領収証控え(甲三五号証の四五)を書証として提出しているが、篠崎鉄工所名義で生沼洋子宛に発行した領収証三通(乙一〇号証の一ないし三)の合計金額は八二二万六九〇〇円であることからすれば、被告主張の金額を生沼洋子が支払った事実を認めることができる。次に、右徳永分の四一三万円について、原告はこれを貸倒金であると主張するが、原告の右徳永に対する請求書等(乙一一号証の一ないし七)によれば、原告は平成三年以降も引き続き右四一三万円を含む五〇二万円の支払を請求しており、その債権を放棄したとするような事情もみあたらないから、右金額が平成二年分の貸倒金に該当しないことは明らかである。
以上から、推計の基礎とすべき原告の本件係争年分の総収入金額は、別表二の1ないし3の各被告欄記載の金額であるというべきである。
2 被告は、本訴において、原告の本件係争年分の事業所得の金額を算出するに当たっては、三多摩地区内の管轄税務署に確定申告書を提出している者で、青色申告の承認を受けている鉄骨工事業を営む事業者のうち、本件係争年分の各年分ごとに、それぞれの総収入金額による倍半基準及びその余の本件抽出基準のすべてを満たす比準同業者を抽出して、その特前所得金額から特前所得率を算出し、その平均値を用いて原告の事業所得の金額を推計した旨主張する。
そして、証人高橋修の証言、乙一号証ないし八号証の各一ないし四及び弁論の全趣旨によれば、本件における比準同業者の抽出は、東京国税局長が、青梅、八王子、日野、町田、立川、東村山、武蔵野及び武蔵府中の各税務署長に対し、それぞれ本件抽出基準を満たす対象者すべてについて課税実績報告書の作成を求める通達を発し、各税務署長から報告書の提出がされるという方法で行われ、右通達に対する各税務署長の報告書により、別表四の1ないし3のとおり、昭和六三年分については二三件、平成元年分及び平成二年分については各一四件が抽出され、それに基づいて本件係争年分の平均特前所得率を算出したことが認められる。
右認定によれば、本件抽出基準は、業種の同一性、事業規模の近似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理性を有するものというべきであり、また、被告は、本件抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に特に被告の恣意等が介在する余地も認められない。さらに、抽出された比準同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であって、経営状態が異常であると認められる者や更正等に対して不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、その総収入金額及び必要経費の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。そして、抽出された件数は、右のとおり、昭和六十三年分については二三件、平成元年分及び平成二年分については各一四件であって、いずれも比準同業者の個別性を平均化するに足りる件数であるということができ、また、各年分ごとの平均特前所得率は、昭和六三年分が一七・三八パーセント、平成元年分が一六・八九パーセント、平成二年分が一五・四九パーセントであって、その差異も極めて少ない(二パーセント未満)ことからしても、右比率の合理性に疑問を抱かせるような事情はみあたらない。
したがって、被告の推計方法には合理性があるというべきである。
3 これに対して、原告は、原告と比準同業者との間で収支構造に共通性があるかどうか確認できないし、本件における比準同業者の抽出件数では個々の業者の特殊性が相殺されないと主張する。しかしながら、本件における抽出の方法、過程、抽出件数及び平均特前所得率は右認定のとおりであり、合理的な抽出基準に従って比準同業者が抽出されている以上、それら各業者の具体的な営業状況が明らかにされないからといって、そのことを理由に同業者比率を用いた推計の方法が合理性を欠くことになるものではないし、また、比準同業者の個別性、特殊性を平均化するに足りる抽出件数であることは右のとおりであり、抽出された比準同業者の特前所得率の分布状況についてみると、最大値と最小値を比較するとかなりの開差はあるものの、いずれの年分についても、半分以上の業者の特前所得率は、平均特前所得率の前後五パーセント以内の範囲内に分布していることからすれば、右平均特前所得率を推計に用いることには合理性があるというべきである。
また、原告は、受注した工事のうち自分で処理しきれないものについては、第三者に依頼して処理しており、その部分には利益が生じていないから、比準同業者と比べると原告の利益率は低く、推計の合理性を覆す特別の事情があると主張する。しかしながら、原告の主張するような外注は、他の業者においても一般的に行われているものと推認され、原告のみに特有な形態ではないというべきであるし、また、本件抽出基準の中には外注費の支払のある者という条件が含まれているから、原告の主張するような事情は抽出基準の選定の際に考慮した事項の一つであるということができる。そして、原告が指摘する平成二年分の徳永美代子、裕俊に係る工事についてみると、右工事に係る請求書控え(甲四〇号証の二ないし四)によれば、右徳永に対する請求金額合計二八一〇万円のうち一七一〇万円分が小黒工務店の請求である旨の記載になっているのに対し、領収証(甲三号証の一〇三ないし一〇五)によれば、小黒工務店が原告に対して発行した領収証の合計金額は一六七二万六五四二円であり、右各金額には約三六万円の差があることからすると、利益分を一切加算していないとする原告本人尋問の供述を直ちに採用することはできない。また、原告が指摘する平成元年分の東都式典有限会社、徳永憲史及び徳永美代子、裕俊に係る工事についてみると、右工事に係る領収証控え(甲三五号証の一八の二、二九、三〇、三二、三七、三九、四三等)及び請求書控え(甲三六号証の一〇)等には、領収又は請求の内訳の記載がなく、原告本人尋問の結果及び甲四五号証の二によっても、右工事に対応する外注先及び右領収金額との対応関係について証明があったということはできない。したがって、本件において推計の合理性を覆すような特別の事情があると認めることはできない。
三 実額主張について
1 被告の主張する推計課税に対して、原告は、本件係争年分の事業所得の内訳及びこれに係る必要経費の実額は、別表五及び別表六の1ないし3のとおりである旨主張する。
ところで、推計による更正は、その必要性があるときに合理的と認められる方法をもって各種所得の金額を推計するものであり(所得税法一五六条、二条二一号、二七条二項)、総収入金額又は控除すべき必要経費の金額を個別的に推計するものではないから、このような推計課税に対して、原告が実額による課税をすべき旨主張する場合には、原告は、個別的な収入又は支出についてではなく、その収入金額と必要経費の全部についての実額及び必要経費が収入金額に対応するものであることについて立証する必要があることはいうまでもない。
2 そして、収入金額について、原告の主張、立証を検討すると、原告は、昭和六三年分の収入金額については被告主張の金額を上回り、平成元年分及び平成二年分については被告主張の金額を下回るとして、これに関する書証を提出している。しかしながら、被告主張の金額を下回るとする立証がされていないことは右二、1、(二)及び(三)で説示したとおりである。また、原告は、その本人尋問において、毎日の収支をノート状の冊子に記載していたとし、甲三四号証の七ないし四四がその冊子であるとするが、すべての収支を記載していたものではないと供述し、右証拠の記載と原告提出に係る領収証の控え(甲三五号証の一ないし四七、三六号証の一ないし二六、三七号証の一ないし一六、三八号証の一ないし六)との間に整合的な対応関係があるとはいえず、他に日々の収支を記載した帳簿の作成はしていなかったというのである。そうすると、原告の総収入金額を立証するためには、収入に係わる原始資料についてそれがすべてであることを立証して、その内容の真実性を立証すべきところ、原告は同一収入について重複する資料等を除外して立証に必要な請求書及び領収証を取捨選択して証拠として提出したとするのであるから、提出された原始資料はすべてではないことになる。そして、右取捨選択の当否について被告から疑問が示されているところ、未提出資料のすべてが原告提出証拠と重複していると認めるに足りる立証もないから、結局、平成元年分及び平成二年分はもとより、昭和六三年分についても、総収入金額の実額を認めるに足りる立証はないというべきである。
3 なお、必要経費について付言するに、原告の主張、立証を検討すると、原告主張の事業所得に係る総収入金額と所得金額との比率は、昭和六三年分が四・一二パーセント、平成元年分が七・五二パーセント、平成二年分が六・三七パーセントとなるところ、右各比率は平均特前所得率及び別表四の1ないし3に記載する比準同業者の特前所得率と比較すると、いずれも年分も比準同業者の中の最も特前所得率が低い業者よりも更に低い比準であり、必要経費の割合が相対的に高くなっていることからすると、必要経費として主張する金額と収入との対応関係及び現実の支払の有無については特段の吟味が必要であるというべきである。そして、昭和六三年分の製造原価に係る支払のうち、株式会社小の鉄に対する支払を立証するために提出された領収証(甲一号証の二の一ないし一一)及び六美板金店に対する支払を立証するために提出された領収証(甲一号証の二の四五ないし四八)は、いずれも再発行されたものであって収入印紙も貼付されていないものであり、東進産業株式会社に対する支払を立証するために提出された領収証(甲一号証の二の一二ないし二二)も再発行されたものである上、原告は、その本人尋問においては右のように再発行の記載のない書証は原告が所持していたものであるとしながら、平成八年一月一二日付け原告準備書面においては他にも再発行に係る書証が存することを自認しているのであって、これらの書証に原始資料としての信用力を認めることは困難であり、また、これらの経費の支出があったとすると、経費に比して原告の主張する収入が、通常の場合よりも少ないという疑問を生じさせることになるのである。これに加えて、甲三四号証の一によれば、原告の作成したノート(甲三四号証の七ないし四四)に記載された本件係争年分に係る交通費、交際費及びその他の経費は、いずれもその支払を証明する領収証等がないものであり、また、原告本人尋問の結果によれば、右ノートは日々記入されたものであるというのに記載された金額のほとんどが端数のないいわゆるラウンド数字であることが認められ、その記帳の正確性に問題があることは、甲三四号証の一に指摘されているところである。そうすると、必要経費の立証についても、原告主張の金額が支払額の実額であることの立証としては不十分であるといわざるを得ない。
4 したがって、原告の総収入金額及び必要経費についての実額の主張は、その余の点について判断するまでもなく、これを採用することはできないというべきである。
四 以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正の課税総所得金額は、右推計により算出した本件係争年分の課税総所得金額の範囲内である。したがって、本件各更正には何ら違法な点はなく、また、これに基づく本件各賦課決定にも何ら違法な点はないから、原告の請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決することとする。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官竹野下喜彦は退官につき、裁判官岡田幸人は填補につきそれぞれ署名捺印することができない。裁判長裁判官 富越和厚)
別表一の1
昭和六三年分 課税処分等の経緯
<省略>
別表一の2
平成元年分 課税処分等の経緯
<省略>
別表一の3
平成二年分 課税処分等の経緯
<省略>
別表二の1
昭和63年分
<省略>
別表二の2
平成元年分
<省略>
別表二の3
平成2年分
<省略>
別表三の1
収入金額明細表
<省略>
別表三の2
その他金額内訳表
<省略>
別表四の1
昭和63年分 同業者率算定表
<省略>
別表四の2
平成元年分 同業者率算定表
<省略>
別表四の3
平成2年分 同業者率算定表
<省略>
別表五
事業所得計算内訳
<省略>
別表六の1
篠崎鉄工所 平成1年分製造原価 取引先別明細
<省略>
別表六の2
篠崎鉄工所 平成1年分製造原価 取引先別明細
<省略>
別表六の3
篠崎鉄工所 平成2年分製造原価 取引先別明細
<省略>